エンジニア組織が直面する「機能先行」の壁
「このシステムには〇〇機能が必要です」「競合が実装しているから、うちにも欲しい」
多くの SIer 企業やエンジニア組織では、こうした「機能ありき」の議論からプロダクト開発が始まります。しかし、その結果生まれるのは、ユーザーにとって本当に価値があるのか分からない、使われない機能の山です。
今回、SIer 企業のエンジニア、ディレクター、デザイナーの混成チームに対して、「価値起点でプロダクトを考える」全 4 回のワークショップを実施しました。生成 AI を活用しながら、ユーザー体験の設計からプロトタイプ作成までを実践する内容です。
受講者満足度は 4.5 点 / 5.0 点。参加者からは「設計や顧客に対する意識が変わる、いいきっかけになった」「体験から機能を考えるという作業の大切さに気づけた」といった声が寄せられました。
本記事では、実際のワークショップで生まれた成果物と、なぜ「体験設計」が生成 AI 活用の鍵となるのかを詳しく解説します。
全 4 回で学んだ研修の全体像
今回のワークショップは、UX スキルの取得と、Figma Make でのプロトタイプ開発を同時に学べる構成としました。
実践事例:「FitLoop」チームの企画プロセス
参加チームの一つが企画検討した「FitLoop(フィットループ)」というフィットネス習慣化アプリを例に、プロトタイプ作成までのワークショップの流れを紹介します。
まず、既存のサービスコンセプトを題材として提示。この時点では「どんな体験を提供するのか」「なぜこの機能が必要なのか」が明確ではありません。
参加者は、このお題をもとに「なぜこのサービスが必要なのか?」「誰のどんな課題を解決するのか?」を深掘りしていきました。
Step 1:価値発見
「課題は?」「解決策は?」を明確にするステップです。
FitLoop チームが定義した提供価値:
- 気安く続けられて、ユーザーの健康維持に役立つ
- 楽しく学べて、ユーザーが知識として定着できる
- 適切なハードルで達成感を得られる
機能を並べるのではなく、ユーザーが抱える課題の重要度を軸に整理しました。
Step 2:NSM(North Star Metric)の設定
North Star Metric とは、サービスとしての KPI をプロダクトの利用視点から設定する方法です。この段階で設定すると、AI 側でプロダクトのゴールを意識して設計してくれるので、より使いやすく意図したデザインにすることができます。
プロダクトの成功を測る最重要指標を定義。FitLoop チームは「週間アクティブ時間」を設定しました。
Step 3:体験設計 & 全体ストーリーフロー
このステップが、今回のワークショップで最も重要なポイントです。
ユーザーの「欲求」と「課題」を起点に、解決策としての機能を配置:
- ユーザーの欲求(緑):手軽に運動したい
- ユーザーの課題(紫):継続意欲が湧かない
- 解決の方向性:自分に応じた目標・ハードルから習慣が作れる
各機能が「欲求 → 課題 → 解決」というストーリーで一貫して設計されています。
ポイント:成果物キャプチャをプロンプトに使う
ここからが、今回のワークショップの最大の特徴です。企画作業を生成 AI で高速化するために工夫をしています。
なぜ成果物キャプチャが効果的なのか?
この手法には、3 つの重要な効果があります。
1. コンテキストの完全な伝達
成果物のキャプチャを見ることで、AI は以下を理解できます:
- なぜこの機能が必要なのか(価値の優先順位図から)
- 何を目指しているのか(NSM 図から)
- どんな体験を提供するのか(体験設計図から)
- 誰のための機能なのか(ユーザー価値と課題図から)
テキストだけでこれらすべてを説明しようとすると、膨大な文章量になり、かえって伝わりにくくなります。しかし、ビジュアルならば、一瞬で全体像を把握できます。
2. 言語化コストの劇的な削減
体験設計図の内容をテキストで説明しようとすると:
▼ プロンプト例
ユーザーは手軽に運動したいという欲求を持っています。しかし、継続意欲が湧かないという課題を抱えています。この課題は、自分に合った運動が分からないことや、モチベーションが続かないことに起因しています。そこで、AI がパーソナライズしたワークアウトを…(以下続く)
このような説明を、各画面ごとに書いていくのは非常に時間がかかります。しかし、成果物のキャプチャを添付すれば、この説明は不要になります。
参加者からも「事前にキャンバスで具体化したページや機能以外のプロンプトが不要になり、作成したいものを正確に伝えられた」という声が多数寄せられました。
3. AI に「意図」を理解させることができる
最も重要なのは、この点です。生成 AI は、「何を作るか」は理解できても、「なぜ作るのか」を理解するのは苦手です。
しかし、体験設計図というビジュアルを通じて、AI は以下を推論できるようになります。
- 「レベルと経験値」は、「継続意欲」を高めるためのゲーミフィケーション要素である
- 「連続日数」は、「習慣化」を可視化するための指標である
- 「今日のおすすめワークアウト」は、「手軽に運動したい」という欲求に応えるためのレコメンド機能である
この結果、機能の「意図」まで含めて理解した上で、UI を生成できるので:
- 単なる機能の羅列ではなく、ユーザーストーリーに沿った配置になる
- デザイン要素が、価値提供の文脈に沿った形で最適化される
- 情報の優先順位が、NSM に向けて適切に設定される
このような、期待通りのアウトプットが生成されます。通常、生成 AI に聞いても、思い通りのアウトプットにならないことが多くありますが、このステップならば意図したものにデザインを仕上げることができます。
実際の成果:思い通りの UI が 1 回で生成
この手法を使うことで、参加者は従来なら数時間かかっていたプロンプト作成が、30 分程度で完了しました。
生成されたマイページには:
- ユーザーのレベルと経験値バー(ゲーミフィケーション要素)
- 連続日数カウンター(習慣化の可視化)
- 総ワークアウト数、総運動時間、総消費カロリー(達成感の定量化)
といった要素が、すべて「継続意欲の向上」という価値提供に紐づいた形で配置されています。
実際に完成したプロトタイプは、Figma Make の作成画面・ワークアウトレコメンド画面・ランキング画面・レポート画面の 4 構成となりました。
参加者の声:実際に体験した気づき
ワークショップ終了後、参加者から多くのフィードバックが寄せられました。
体験から機能を考える重要性を再認識
上流工程の重要性を体感
「なぜ作るのか」を考える重要性
生成 AI 時代の開発プロセスの変化
今回のワークショップを通じて明らかになったのは、生成 AI の性能向上によって、ボトルネックが「実装」から「設計」に、そしてコンテキストをいかに渡すか、「プロンプト作成」に移行しているという事実です。
成果物キャプチャがもたらす 3 つの変化
1. 言語化の壁を超える
人間の思考の多くは、言語化される前の「暗黙知」として存在しています。体験設計図は、その暗黙知をビジュアルという形式で外部化できるツールです。
2. コンテキストを確実に伝達できる
成果物キャプチャを使えば、「なぜ作るのか」「誰のために作るのか」「何を目指しているのか」というコンテキストを、確実に伝えられます。
3. チーム内の認識を統一できる
成果物キャプチャは、AI への指示であると同時に、チーム内の共通認識ツールでもあります。エンジニア、デザイナー、ディレクターが、同じビジュアルを見ながら議論できるため、認識のズレが生じにくくなります。
まとめ:機能から価値へ、テキストからビジュアルへ
今回のワークショップで得られた最大の学びは、「生成 AI 時代のプロダクト開発は、ビジュアル設計力で差がつく」ということです。
体験設計図というビジュアルを作ることで:
- 設計意図が明確になる
- AI に完全なコンテキストを伝えられる
- チーム内の認識が統一される
- プロトタイプが高速・高精度で生成される
エンジニア組織や事業会社が生成 AI 時代に競争力を維持するためには、「機能開発」から「価値設計」へ、そして「テキスト指示」から「ビジュアル設計」へのシフトが重要です。