3行でわかる 受託・SIerのPdM思考

  • PdM思考=「何を作るべきか・なぜ作るか」を問う力。自社プロダクトを持つかどうかとは、本来別の話。
  • 受託・SIerは顧客のプロダクトや事業を成功させる側。だからこそ「何を作るべきか」を問う責任から逃れられない。
  • プロダクトを「持っているか」ではなく「成功に責任を持つか」で見ると、持たない受託・SIerにもPdM思考が要る理由が見えてくる。

プロダクトを持たない受託に、PdMは不要ではないか?

「自社プロダクトを持っていないのだから、プロダクトマネジメントは要らない」——こう考えたくなる気持ちは、よく分かります。ですが、ここには見落としがあります。自社プロダクトはなくても、受託・SIerの仕事は「顧客のプロダクトや事業を成功させること」です。だからこそ、「何を作るべきか」を問うPdM思考は、持たない側にも要ります。

左は自社プロダクト企業のPdM。自社プロダクトに対して『何を作るべきか・なぜ作るか』を問う。右は受託・SIerのPdM思考。顧客のプロダクトや事業に対して同じ問いを立てる。両者の中央には『何を作るべきかを問う=PdM思考』という共通の核があり、受託は対象が顧客のプロダクトに変わるだけで、同じPdM思考が要る、と示す対比図。
対象が「自社プロダクト」か「顧客のプロダクト」かが違うだけ。「何を作るべきかを問う」核は、どちらにも要る。

誤解の正体は、「プロダクトマネジメント=自社プロダクトを持つこと」という思い込みです。たしかにPdMという“役割”は、自社プロダクトを持つ事業会社のものです。ですが、PdMが日々使っている“思考”——「本当に作るべきものは何か」「なぜそれを作るのか」を問う力——は、プロダクトを持っているかどうかとは別物です。むしろ、顧客のプロダクトを預かって作る受託・SIerこそ、この問いから逃れられません。言われた要件をそのまま作って外せば、損をするのは顧客であり、最後は自社の評価です。

もう少し踏み込むと、受託・SIerは「顧客のプロダクトの一部を、顧客に代わって作っている」と言えます。自社の製品でなくても、作っているのはまぎれもなくプロダクトです。そのプロダクトが成功するか失敗するかに、受託・SIerは深く関わっています。プロダクトを持たないことは、PdM思考が要らない理由にはならないのです。

受託・SIerに要る「PdM思考」とは、具体的に何か?

受託・SIerに要るPdM思考は、3つの問いに整理できます。Why(なぜ作るか)・What(何を作るべきか)・優先順位(何を作らないか)です。言われた要件を実装する前に、この3つを顧客と一緒に確かめる——それが、持たない側のPdM思考です。

ここで一つ、はっきりさせておきたいことがあります。受託・SIerに要るPdM思考は、事業会社のPdMと「同じ思考」ですが、「向いている先」が違います。下の表で、自社プロダクトを持つPdMと、受託・SIerのPdM思考を、3つの軸(責任の対象/立てる問い/成果物)でそろえてみます。

自社プロダクトのPdM 受託・SIerのPdM思考
責任の対象 自社プロダクトの成功 顧客のプロダクト・事業の成功
立てる問い 自社プロダクトとして、何を作るべきか・なぜ作るか 顧客の課題に対して、何を作るべきか・なぜ作るか
成果物 プロダクトのロードマップ・優先順位 顧客の課題を解く「作るべきもの」の見極めと優先順位

軸をそろえると、違うのは「責任の対象」だけだと分かります。自社プロダクトか、顧客のプロダクトか。向いている先が変わるだけで、「何を作るべきか・なぜ作るか」を問う思考そのものは、まったく同じものが要ります。だから「自社プロダクトがないからPdM思考は要らない」という理屈は成り立ちません。

プロダクトを持たないことは、PdM思考が要らない理由にならない。むしろ顧客のプロダクトを預かる受託こそ、「何を作るべきか」を問う責任がある。

では、誰がそのPdM思考を担うのか?

受託・SIerでPdM思考を担うのは、実装しながら「何を作るか」を決めるFDE(Forward Deployed Engineer)が現実的です。専任のPdMを置きにくい受託・SIerでは、「決める人」と「作る人」を分けるより、両方を一人(あるいは一つのチーム)が持つほうが噛み合うからです。

なぜ分けると噛み合わないのか。顧客の現場では、「何を作るか」と「どう作るか」が行ったり来たりするからです。作りはじめて初めて見える制約があり、その制約が「何を作るべきか」の判断を変えます。決める人と作る人が別々だと、この往復のたびに伝言が挟まり、スピードが落ちます。実装しながら「何を作るか」を決められる人がいれば、その場で判断して、その場で形にできます。これが、受託・SIerにとってのPdM思考の担い手です。

もちろん、これは「優秀な一人に頼る」話ではありません。一人のスター社員が上流に立てても、その人が抜ければ位置は揺らぎます。「何を作るか顧客と決められる」状態を、組織として再現できるようにすることが大事です。誰がどう担うのか——専任PdMを置きにくい組織でFDEがPdM的な役割を担う形は、PdM不在の組織でFDEがPdM的役割を担うで詳しく整理しています。

AIで実装が速くなったいま、なぜ一層PdM思考が要るのか?

生成AIで実装が速く・安くなったいまこそ、PdM思考は一層要ります。理由はシンプルで、実装の価値が下がったぶん、「何を作るか」の判断が差別化の中心になるからです。誰でも速く作れるなら、「速く作れること」では差がつきません。残る差は、「そもそも、作るべき物を選べているか」になります。

作るのが大変だった時代は、作れること自体に価値がありました。だから「言われた物を、速く・安く作る」だけでも仕事になりました。ところがAIで実装の工数が下がると、その価値は誰でも手に入れられるものになります。行き着く先は価格競争です。なぜAIで受託の単価が下がるのか、その構造は生成AIで受託開発の単価は下がるのか?で詳しく解説しています。

逆に言えば、AIは「作る」を安くしますが、「何を作るかを決める」は安くしません。むしろ、たくさん作れるようになったぶん、外れた物を作る損も大きくなります。だからこそ、Why・What・優先順位を問うPdM思考が、これからの受託・SIerの武器になります。なぜいま受託・SIerにこの上流の力が要るのかは、なぜSIer・受託開発にFDEが必要なのか?でも整理しています。自社プロダクトを持たないことは、もう「PdM思考を持たない言い訳」にはなりません。